昭和44年12月14日 夜の御理解
「何をするにも、体がもとなり。」体の丈夫を願えと。体の丈夫を願えと仰いますから、体の丈夫を願わなきゃなりませんし、確かにすべてのことについて、体がもとであります。ですからまず体の丈夫を願う。今晩今日こうして元気にしておるからと言う事は、実をいうたら当てにならないもんですよ、人間の健康と言った様な事はね、ですから健康であっても、それを尚更、はつの御礼を申し上げると同時に、体の丈夫をしっかり願っていかなきゃなりませんが。
私今晩はその、体の丈夫であらなければならないと言う事がですね、天地を動かす、その原動力になるものですね、それがあのやはり体の丈夫であると言う事を、今頂きましたが、それは病人だって天地に貫く、天地を動かすほどしの、例えば祈りとか、働きはできるんですけれども、どういう訳だろうかと私は思ったんですが、あぁやはり体の丈夫を願えと言う事は、そのまま心の丈夫を願えと言う事にもあたるようですね。心が生き生きとして、いわゆるあの、健康な心の状態と言う事を申しましよう。
それもやっぱ通じるんじゃないかと、その健康な心の状態でなからなければね、天地を動かすというか、天地に貫くと言った様な、おかげになりにくい。生きたものと生きたものの働き、いうなら、おかげていうのは、生きた天地と、生きた人間の真心というか、心との火花を散らすようなもんですよね。だからどんなに神様の生きた働きがありよってもです、まぁいうなら、電気体と同じだとそれは仰るのですから、枯れた心でそれに触ったって、もうビリっともこないわけです。
やっぱり生き生きとしたものが、その生き生きとしたものと触れ合う所に火花を散らすような、やはりおかげにもなってくるわけですね。私は今日は、それを色々考えたことが、あの感じたことがあるんですけど、まだ19歳ですか、19歳の娘さんですか、お父さん、お母さんが月に何回か参ってきます、糸島郡の方から参ってきます、で私糸島郡ということ知らなかったもんですから。
昨日電話がかかってきて、「あの先生がご在宅でしょうか」と電話があって、「今日おられますよ、13日会にいっぱい人が集まっておられます」ち言ったら、「そんなら人がおんならさらん時がよかけんで、けれども明日おんなさるでしょうか」ち言って、で「おられますよ」ち。で私、誰じゃろうかと思いよったら、その半年ぐらい前に参って来た、その娘さんなんです。
それがその方の結婚問題でですね、まあ恋愛されて、どうでも結婚したいというて、その男の本人の方も連れて、一緒に参ってきたんです。ところがその御神意がですね、あんまり良くないんですよ。ですからこれはね、あぁた方がは決して、結婚がいけないていうのじゃないけれど、周囲の全ての人がね、祝福を受ける時期まで待たなければ、必ず失敗しますから、それまで待ちなさいということ。
それからそのまま半年ぐらいなっとったんですけどね、ご両親もそのことを大変心配してから、どうぞそのそういうまぁ結婚が成立しないようにというてお願いしてあったんです。して今日参ってきてからお届けされるのがですね、その相手の人に女の人がでけたと、それで君とは別れると言う様な、その話があったんだそうです。だからそれを聞いた時には、やはりカーツとした訳ですけどね。
はぁよくよく考えさしてもらいよったら、そのちょっとその人が人種が違うんですよ、相手の人が。ですから、将来のことば色々考えたりしよったら、はぁこれがおかげであろう、これが皆が周囲が祝福してくれることじゃろうとこう思ったっちいうわけですね。別れることが。だからおかげ頂いたと思いよったところが、それは実を言うたらですね、
(マスターテープの末尾切れ)